なぜ他者からの本質的な言葉が「刺さる」のか?

こんにちは、コーチのmai(@maimecc)です。

よく私の発信や言葉が「刺さる」「過激」と言われることがあります。

とはいえ、私は私が知ってる稼げるようになるための本質や、成功するための観念を発信しているだけなので、「人の心を刺そう」とか「炎上商法を狙おう」とかいうつもりは一切ありません。

語尾語調はそのときどき、「どう届けたいか」によって調整していますが、それくらいです。

ではなぜ他人の本質的な言葉が刺さるのでしょうか?

コンフォートゾーンの外側、遥か遠くにある言葉だから

私が発信していることは、成功している人からすると「当たり前」です。常識も常識なので、わざわざ言わない人も多いでしょう。

成功者の言葉は労働者に理解されないので、労働者にあれこれ言われるのがめんどくさいからです。

労働者というのは、お金と時間の自由を手に入れることができていない人を指します。

裕福だけど多忙な経営者、毎月を食いつなぐのが精一杯の個人事業主、雇われの身の働き人。

労働者の代表例というのはこのような感じです。

そうした人たちからすれば、努力し、真面目に修練を積み、勉学に励み、功績を挙げ、社会的立場を築くことに一生懸命です。

そんな人たちからしたら、私のような「週休4〜5休だけど収入は月100万以上です。その方法教える仕事をしてます」なんてものを見たら、詐欺だ、怪しい、汚い、と怒り狂っても仕方ないと思います。

私も長らく雇われの身だったので、その気持ちは多少わかります。

そして成功者の言葉は本質が抽象的なので、労働者から見たら「ほらやっぱり怪しい!」となるわけです。

労働者にとって、成功者の生活も、考え方も、言葉も、そこに至る経緯も、まったく想像がつきません。それは自分の生活圏外、思想圏外の出来事だからです。

このように、刺さることで成功者を嫌悪する人も少なくありません。

自分のコンフォートゾーンの外側だからといって、嫌悪して勝手に敵としてみなすような人は言うまでもなく成功しません。

コンフォートゾーンの外側故に自分には理解できない考え方でも、「それってどういうことだろう」と立ち止まって理解しよう、信じてみようとするところがスタート地点になります。

コンプレックスがあるから

成功していないこと、稼げていないことにコンプレックスがあると、本質的な言葉が刺さります。

自分が成功できない理由を薄々わかっている人もいれば、成功できない理由にはじめて気付いて目からウロコ、という人もいますが、覚悟次第で成功路線に切り替えることはいくらでもできます。

ただ、コンプレックスがあり、言葉が刺さったとしても「その解決にたいした価値を感じていない」場合は、やはり成功できません。

稼げてない今の自分は嫌だけど、稼げるようになって実現したいことも特にない……

稼げないのは困るけど、稼げない人生も極論困らない……

そう言う場合は、「稼げるようになるにはこれが必要なんだな」ということがわかっても、それが決してラクなことではないので、あえて踏み込もうとはしません。

あるいは、踏み込むことを躊躇して、結局成功者から見放されてしまいます。

刺さったあとの行動で人生が分かれる

言葉が刺さったあとに、耳を塞いで離れるか、傍観し続けるか、行動に移すかは人それぞれです。

しかしそこでどのような道を進むかによって、その人のその後の人生は大きく変わります。

どのような人生を送りたいかは、人によって異なります。

大変な思いをしてまで、成功したり稼げるようになりたいわけではない人もいると思います。

あなたがどんな人生を送りたいかにあわせて、主体的に道を選択してくださいね。

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