「もうダメだというときが仕事のはじまり」というパワーワード

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突然ですが、私は稲盛和夫さんの経営哲学が大好きです。

どれくらい大好きかというと、京セラフィロソフィは書籍版と電子版の両方を所有し、人生や仕事に行き詰まると、必ずと言っていいほど京セラフィロソフィを持ち出して無心でぺらぺらと捲るくらい大好きです。

少し昔の話をします。

稲盛さんの経営哲学が大好きと言いつつ、京セラフィロソフィを引き合いに出したのは、私が元京セラグループ社員だからなのですが。そのなかでとりわけ親しみやすく、好きな言葉があります。それがこちら。

「もうダメだというときが仕事のはじまり」

これ、京セラフィロソフィの中でも汎用性の高さナンバーワン(だと思ってる)のですが、少なくとも私の在籍当時、現場では本当によく使われていました。

たとえば、私は配属されていたのは営業現場だったのですが、「売上2,000万ショートしてる~!もうダメだぁ!」「最近クレーム対応ばっかり……」といった阿鼻叫喚が月末を中心に日常茶飯事でした。

ただ、そんな社員のネガティブな言葉を聞くや否や、近くにいた社員がここぞとばかりにドヤ顔でこう言うのです。

「もうダメだと思ったときが仕事のはじまりだぞ!」

そう言われるとハッとして「ですよね!」なんて掌を返し、職場で笑いが起こったものでした。

もはや合いの手と化していたパワーワードだったし、きっと数あるフィロソフィのなかでもこれが好き、という社員は多かったのではないかなあと思います。

ちなみにこの言葉本来の主旨は、身も蓋もない雑な要約をしてしまうと「ダメだろうがなんだろうがあきらめるな、そうすれば必ず成就する」です。

(前略)ものごとを成し遂げていくもとは、才能や能力というより、その人のもっている熱意や情熱、さらには執念です。すっぽんのように食らいついたら離れないというものでなければなりません。もうダメだ、というときが本当の仕事のはじまりなのです。(後略)

『京セラフィロソフィ』稲盛和夫 著 より

生産性や効率が追求されていく世の中のなかで、京セラフィロソフィをはじめとする稲盛さんの経営哲学は、もしかすると「古風」「非効率」「保守的」と評されることもあるかもしれません。

実際のところ、スマートとは言い難い泥臭い考え方も多々ありますし、なんだか根性論のように見えて「今どき好かれない」みたいなことはあるのだろうなと思います。

それでも私が未だに稲盛さんの経営哲学が好きなのは、出身企業の経営者の考え方だからではなく、まさに世代を超えた「生き方の哲学」だなと感じるからです。

その哲学の内容は、小難しい技術やテクニックを必要としない、「誰にでもできる、人として当たり前だけど、行動に移すのは容易くないこと」がほとんど。

人としての普遍的な「正しさ」と「善さ」を追求した人生哲学、それが稲盛さんの経営哲学の柱であると思っています。

今はもう何度か転職をして京セラグループを離れて久しいので、難しい仕事の前に呆然としてる私の傍で合いの手を入れてくれる人はいません。

でももし、大事な場面で、自分で自分にこの言葉をかけてあげられたらきっと力が湧いてくると思うのです。

「もうダメだと思ったときが、仕事のはじまりだぞ!」

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