「転職すべきかどうか」悩んでいるあなたへ

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こんな悩みをよく聞きます。

「転職するべきでしょうか。それとも現職に残るべきでしょうか」

この質問が出てくる多くの場合は「ある程度転職ありきで考えている」ことがほとんどだ。

なんだかんだと考えても、「きっと転職することが自分にとって一番いいのだろう」と心のどこかで理解している人。その最後のひと押しを求めて、この質問を問いかけるケースだ。

しかし、そうではない場合もある。「転職すべきかどうか、本当にわからなくなってしまっている」人もいる。経験上ではあるけれど、大きくわけると2つのパターンを見てきた。

ひとつは、初めて転職する人。

もうひとつは、これまでの転職に「失敗」してきた人。

初めて転職する人は、不安になるのはある意味当然だ。新卒で入った会社しか知らないのだから、その外に広がる世界が安全なのか危険なのか、今いる場所からはどうしても見えにくい。

問題はこれまでの転職に失敗してしまった人だ。

「これ以上失敗したくない」「もう嫌な目に遭いたくない」という思いが強すぎて、今いる場所から動けなくなっていることが多い。過剰な労働時間、閉鎖的な人間関係、安すぎる賃金、ハラスメント。そういった辛い経験をしてきた人たちは、何を選べばいいかわからなくなっている。

いったい何を基準に、どちらを選べば「失敗」せずに済むのか。

「転職」と「失敗」に厳しい社会

そもそもこの社会は総じて、コミュニティの離脱者に厳しいし、他人の失敗に不寛容だ。

たとえば、転職するとなれば「裏切り者」「逃げ」「優秀ではなかった」と否定の言葉を並べる人が、あまりにも多い。まるでそのコミュニティで生きていけなかったことを「そもそもヒトとして欠陥している」と言わんばかりの価値観だ。

私はこの価値観にはハッキリNOを突きつけたい。

たとえば魚でも、清流でしか生きていけなものもいれば、深海でしか生きていけないものもある。藻を好むものもいれば、肉を好むものもいる。同じ人間だからと言っても生まれも育ちも特性も異なるのだから、同じハコの中で生きていける道理はない。

ただ、「自分はどんな環境の中であれば生きていけるのか」を自覚して、その通りの環境を探し当てることも簡単ではない。だから失敗してしまう。

転職の失敗は、淡水魚が海へ出て死んでしまうことに似ているし、草食動物が肉を食べてお腹を壊すことに似ている。

憧れだけで入った大手企業で、旧態依然とした社風に嫌気がさしたり、雑なベンチャー経営者のもとで明日の給与が振り込まれるかどうかの不安に晒されたり、企画好きな人が事務仕事ばかりしたり、オペレーションが得意な人がゼロベースの仕事を任されたり。

そんな苦渋を飲まされて初めて、「自分は◯◯だけは絶対に嫌だ」「自分はもっと××がしたい」という明確な自己概念が生まれるのだ。

失敗して初めて学ぶこともある。だから、失敗して終わりではないし、失敗したから次は無いということもない。

失敗してなお次に進むためには、選んだ道の先でどんな場所に辿り着くことになっても、自分の選択を肯定できるか。自分の選択に責任を持てるかどうかだ。

選択を肯定する力。選択に責任を持つ力

自分の選択を肯定できるかどうかは、選択する前に「考え抜いたかどうか」だ。

「悩み抜いたかどうか」も似たようなものだけど、突き詰めると少し違う。

つまり、「感性的に悩み抜いたかどうか」ではなく「合理的に考え抜いたかどうか」が重要であるということ。

悩んで苦しんで、答えが出ない堂々巡りの中で、思考を放棄して「えい!」で転職すると、もっと考えて転職すればよかった、と自己嫌悪に陥ってしまう。

逆に自分の好きなこと、自分の得意なこと、理想とする姿、将来のありたい姿、そしてそれらを叶えることができる環境の条件の分析。そして自分を求める会社はどんな会社なのかという市場調査。これらをしっかり行って、失敗した場合の逃走ルートまで想定し、そのうえで転職すればどうだろうか。

結果、仮に「失敗した」と感じるような結果になってしまったとしても、その原因は自分の甘さなのか、会社にあるのか、それともその失敗自体は許容範囲なのか……それらを的確に反省し、必要に応じて軌道修正することができる。

そしてそこまで考え抜いたからこそ、自分の考え抜いた日々を肯定し、その選択によってもたらされる多少の苦痛は、受け入れていくことができるだろう。

自分の選択を肯定して、責任を持つということは、合理的に考え抜いて、ほんの少し勇気を振り絞ったその先にあるのだ。

「答え」は結局、フタを開けてみないとわからない。

「転職するべきでしょうか。それとも現職に残るべきでしょうか」

その問いは多くの場合、「どちらを選べば辛く苦しい思いをせずに済むでしょうか」ということを意味する。

ただ、合理的に考え抜いてどちらを選んだとしても、どちらが楽園でどちらが地獄か、どちらがよりマシかなんて、最後までわからない。どんなに頑張っても、どんなに考えても、失敗することもある。

選んだ相手に欺かれるリスクは常にあるし、選ばなかったものが良かったかどうかなんて、選ばなかった自分にはわかるはずもない。

でも、しっかり考え抜けば、「どちらが自分にとってより良い選択か」を見極めて、成功確率を上げることはできる。そのための情報収集であり、自己分析であり、業界企業研究であり、エージェントであり、転職サイトであり、キャリアコンサルタント なのだ。

何を選んでも、最後に残るのが「最善を目指してやれる限りを尽くした」事実なら、それはきっと、あなた自身の選択に自信を与えてくれるだろう。

だからこそ、どんな結果になってもそれを選んだ自分を否定せず、結果を受け入れて自分の人生は自分で決めるのだと行動していく力が必要なのだ。

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