新年の抱負を無駄にしないために。

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新年あけましておめでとうございます。maiです。
突然ですが皆さん、もう「今年の抱負」は決めましたか?
 
きっと仕事始めの前までには決めておく、という方も多いのではないでしょうか。
 
抱負を決めたはいいものの、1週間後には抱負に対する取り組みは惰性になり、夏頃にはその存在すら忘れかけ、秋から冬にかけて「もうすぐ一年が終わってしまう」と焦る。12月に入ってしまえば最早なし崩しで、息切れして泥だらけになりながらヘッドスライディングよろしく大晦日を迎え「なんか色々あったけど良い一年だったな」などと紅白歌合戦を観ながら茶を飲みほっこり年を越す。私かな?
 
それでもいいのかもしれません。人間、生きてるだけで素晴らしい。一年を無事に過ごせただけで儲けもの。
でも今年は、もう一歩。いや、もう一跳び成長したい。そんな2018年。
 
抱負を夢で終わらせない。
目標を理想で終わらせない。
 
そのためには、一体どうしたらいいのだろう。
 
私は紆余曲折の怠惰な自分史を経て、「強い意思を必要とせずに、目標のために行動すること」だと結論づけました。
 
強い意思なんて蓄積するストレス、この瞬間の欲望、目の前の圧倒的な誘惑の前には無力。人間は弱い生き物です。少なくとも私は激弱です。
何度決意を新たにしても、挫け、堕落し、妥協する。哀しいですね。
 
でもストレスや欲望や誘惑を打ち倒す意思の強さを必要とせず、目標のための努力が出来るなら。それを継続出来るとしたら、どんな目標も達成出来ると思いませんか。
 
たとえばそう、日頃何気なくTwitterを開くときのような気軽さ。気負いなくタイムラインを眺めて「いいね」を飛ばすその自然さ。ただのツイ廃?いいえ、分解すればそれは「行動」の結集です。
 
つまりはTwitterを開くときと同じような気軽さと自然さで「目標のための努力」が出来たら良いわけです。
 
それが出来れば苦労しないよ!と思われるかもしれません。実際、お膳立ては必要です。今まで「気軽に、自然に」努力=行動が出来なかったわけですから、そこに何らかの「邪魔」があると考えられます。
 
例を挙げましょう。
 
 あなたは今年、TOEICのスコアアップを狙って、ハードカバーの分厚くて大判な英語のテキストで英語を勉強しようとしています。
 でもどうにもやる気が出ない様子。そもそも席についてテキストを開くことが億劫。勉強計画は一丁前に立てたのに、上手く計画通りに進まない……。
 
何かが「邪魔」で勉強のための「行動」が阻害されている状態です。お膳立てが出来ていないということです。
では何が「邪魔」なのでしょうか。色々なことが推測できます。
 
Q1.たとえばテキストの大きさと重さ。
そもそも席につかないと勉強出来ない状態を作り出している、テキストの分厚さと重さに問題があるのではないか。
 
Q2.たとえばテキストを「開く」という行為そのもの。
「開く」行為自体がとてつもなく億劫なのではないか。
 
Q3.たとえば「席につくことすら出来ない」状況。
席につかないと勉強出来ないのに席につけないということは、その気力すら奪うほど仕事を詰めすぎているのではないか。
 
 
だいぶ雑な推測ですが、これらが「気軽に、自然に」努力=行動することを阻害するものと考えられます。
であれば、色々と工夫の余地があることがわかるはずです。
 
A1.重くて分厚いことで行動が鈍るなら、小さく、軽いテキストを購入する。もしくは電子書籍にしてしまって、スマホでいつでも見られるようにする。
 
A2.テキストを開くことが面倒なら、トイレに、テキストを開いた状態で設置する。衛生的にマズイなら枕に開いた状態で設置する。
 
A3.残業時間自体を減らして自宅の滞在時間を増やす。あるいは自宅の席ではなく、喫茶店の席を使ってみる。
 
単純な工夫ばかりです。しかし席についてテキストを開くことすら出来ない状況は確実に改善され、「やるべきこと」は少しずつ日常と習慣に溶け込んでいきます。
もし試してみてダメなら、そこでまた「何が邪魔しているのか」再検討し、別の工夫を試す。その繰り返しで「行動」をブラッシュアップしていくのです。
 
「強い意思を必要とせずに目標のために行動する」こと。
気軽に、自然に、努力=行動を続けること。
それを邪魔する阻害要因を処理し、「行動」のためのお膳立てをすること。
 
せっかく胸に抱いた今年の抱負が、絵に描いた餅にならないように。まずは何よりも早く、今ここから「行動」を変えていきましょう。
 
以上、自戒もこめて!
 
2018年も、よろしくお願いします。皆さんにとって、良い年になりますように。

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